昆布とトマト、まったく違うのになぜ“おいしい”のか?
和食に欠かせない昆布。イタリア料理に欠かせないトマト。
まったく文化も見た目も違うこの2つに、実は”共通点”があるのをご存知ですか?それは——「うま味の正体」グルタミン酸をたっぷり含んでいること。
人はなぜ、昆布だしのうま味にホッとし、トマトソースの深みに魅了されるのか?この記事では、グルタミン酸という驚きの成分を中心に、和と洋の架け橋となる「おいしさの秘密」を解き明かしていきます。
「旨味」とは何か?〜第五の味覚が生まれるまで〜
私たちが普段感じている「味」には、基本となる5つの味覚があります。
- 甘味(糖の存在を示す)
- 塩味(ナトリウム=ミネラルの指標)
- 酸味(腐敗や未熟のシグナル)
- 苦味(毒性の可能性)
- そして「旨味」
この「旨味(うま味)」こそが、料理を”もう一口食べたくなる味”に変える、第五の味覚です。しかし、この味覚が科学的に認められるようになったのは、実は20世紀になってからという比較的新しい発見なのです。
「旨味(Umami)」は日本発祥
旨味を発見したのは日本人。1908年、東京帝国大学の池田菊苗博士が「昆布だしのおいしさ」の中に新しい味覚があることを発見し、その成分をグルタミン酸と特定。これを「うま味(Umami)」と名付けました。
当時は世界に存在しない概念でしたが、現在では世界中の科学者・料理人が「Umami」とそのまま使うほど、国際的に認知される味覚になっています。
旨味は”満足感”と”深み”をつくる味
で「旨味」とはどんな味なのか?端的に言うと、舌にじわっと広がり、余韻が残りやすく、塩や砂糖とは違う”満たされる感じ”を与える味です。
注目すべきは、旨味は”舌の受容体”にしっかり届く、生物学的に根拠のある味覚だということ。単なる「おいしさ」という感覚ではなく、甘味や塩味と同じく、体がしっかりと感じ取る「味」なのです。
最近の研究では、旨味を感じると唾液が分泌されやすくなり、消化も促進され、満腹感にもつながるといった生理的メリットも分かってきています。つまり、「旨味」とは単なる味の一要素ではなく、”身体が自然と欲しがる”、進化の中で選ばれてきた味覚なのです。
グルタミン酸の正体とは?
「旨味の正体」とされるグルタミン酸(Glutamic Acid)。これは、私たちの体にも自然界にも広く存在する、たんぱく質を構成するアミノ酸の一種です。
もともと“体の中”にもある物質
実はグルタミン酸は、私たちの筋肉や脳、神経にも含まれている成分。それだけでなく、母乳の中にも多く含まれており、赤ちゃんが最初に感じる「おいしい」はグルタミン酸だと言われています。
つまり、人間は生まれたときから「うま味」を本能的に知っているのです。
“うま味成分”が多く含まれる食材
グルタミン酸は、以下のような食品に特に多く含まれています。※数値は目安。食品や産地によって異なります。
食材 | グルタミン酸含有量(mg/100g) |
---|---|
昆布(乾燥) | 約2,300mg |
トマト(完熟) | 約250mg |
パルメザンチーズ | 約1,200mg |
緑茶 | 約220mg |
母乳 | 約200mg |
このように和食にも洋食にも、そして人の体にも“自然とうま味成分が存在する”というのは驚きです。
昆布とトマトの”科学的な共通点”〜異なる文化の中の同じ「おいしさ」〜
和の代表・昆布。洋の代表・トマト。
この2つの食材は一見するとまったく別物ですが、味覚の観点から見るとグルタミン酸が豊富という共通点をもっています。
昆布:出汁の王様は、グルタミン酸の宝庫
昆布(特に真昆布や利尻昆布など)は、乾燥させた状態で100gあたり2,000mg以上のグルタミン酸を含んでいます。これは、自然界の食材の中でもトップクラス。
昆布だしをとるとき、水にじっくり浸けてから加熱するのは、グルタミン酸を効率よく溶け出させるための伝統的な知恵です。
トマト:完熟の赤に、うま味が詰まっている
一方、トマトにもグルタミン酸が豊富に含まれています。特に完熟トマトや、うま味が凝縮されたトマトペースト・ドライトマトになると、グルタミン酸の量がぐっと増えます。
トマトは、加熱によってうま味がさらに強調されるという性質を持っています。これは、細胞が壊れてグルタミン酸が外に出やすくなるためです。
2つの食材に見る共通点
共通点1:乾燥や加熱でうま味が強くなるである点
- 昆布 → 乾燥することで細胞壁が壊れ、出汁にしやすく
- トマト → 加熱することで細胞内のグルタミン酸が流れ出す
共通点2:文化は違えど“うま味の核”を担う食材である点
- 昆布 → 和食における「出汁の起点」
- トマト → 洋食、とくにイタリア料理における「ソースの核」
まったく違う食文化の中で、和食では昆布、洋食ではトマトが、グルタミン酸を通じて”味の土台”として機能しています。これは偶然ではなく、人間の舌が本能的に「おいしい」と感じる共通の仕組みがあるからなのです。
うま味のさらなる秘密〜相乗効果で味わいが何倍にも〜
グルタミン酸を含む食材だけでも十分に「うま味」は感じられますが、実はこれをさらに高める方法があります。それが、他の旨味成分と組み合わせることで生まれる”うま味の相乗効果”です。
代表的なのがこの組み合わせ:
- グルタミン酸(昆布・トマトなどの植物性)
- イノシン酸(かつお節・鶏・豚・牛などの動物性)
この2つが一緒になると、単独のときに比べて最大7〜8倍も強く”うま味”を感じることが研究で示されています。この「相乗効果」は、料理の味に深みやコクを与えるテクニックとして、和食はもちろん、世界中の料理で活用されています。
家庭で活かすうま味の知恵
家庭の台所でも、ちょっとした工夫で“深みのある味”をつくることができます。ここでは、すぐに実践できる活用ポイントをいくつかご紹介します。
和風だしは「昆布+かつお節」で合わせ出汁に
和食の基本である出汁取り。うま味を最大限に引き出すには、昆布だしと鰹だしを別々に取ってから合わせるのが理想的です。それぞれのうま味成分(グルタミン酸とイノシン酸)がより強く引き出され、相乗効果がしっかり働きます。
忙しい日には、市販の「合わせ出汁パック」でも十分。パッケージの成分表示をチェックして、昆布とかつお節の両方が入っているものを選ぶのがポイントです。
トマトソースに「チーズ」や「きのこ」をプラス
トマトにはグルタミン酸が豊富に含まれていますが、ここにチーズやきのこを加えると、さらに深いうま味が生まれます。
チーズもグルタミン酸を多く含み、きのこにはグアニル酸という別のうま味成分が含まれているため、組み合わせることでうま味トリオが完成します。トマトソースを使ったパスタや煮込み料理に、ほんのひと手間加えるだけで、コクと奥行きがぐんとアップします。
スープ・鍋に「野菜だし+肉のうま味」
鍋やスープといった汁物にも、うま味の組み合わせが効果的です。野菜にはグルタミン酸、鶏や豚、牛の肉類にはイノシン酸が含まれているため、この植物性と動物性のうま味の組み合わせが、味に厚みを与えてくれます。
調理のコツは、具材を一度にすべて煮るのではなく、まず野菜を煮出してから、あとから肉類を加えること。そうすることで、スープ全体が濁らず、クリアなうま味が引き立ちます。
小さな意識が「おいしさ」を変える
昆布とトマト――一見遠い存在のようでいて、味の根っこではつながっているのが面白いですね。人間の味覚の共通性が、まったく異なる文化圏で、似たような調理法や食材の扱い方を生み出してきたのかもしれません。
「うま味の科学」は、ちょっとした意識で日々の料理に活かすことができます。素材の組み合わせや加える順番を少し工夫するだけで、驚くほど味の印象が変わるはずです。
料理は科学であり、感性でもあります。「うま味っておもしろい!」そう思えたら、今日のごはんがきっともっと楽しくなるはずです。皆様良きごはんライフを!
参考文献・出典一覧
- 日本うま味調味料協会「うま味の成分」
https://www.umamikyo.gr.jp/knowledge/ingredient.html - 小林食品「うま味倍増!イノシン酸・グルタミン酸・グアニル酸の相乗効果と食材」
https://www.kobayashi-foods.co.jp/washoku-no-umami/inosine-glutamine - 国立がん研究センター東病院「うま味の活用」
https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/CHEER/point/030/index.html - 農畜産業振興機構「毎日の食卓をよりおいしく!」
https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_002153.html